英語力とは何か



■英語力とは「スキル」である

あなたが右利きなら,左手で箸をもってみてください.どうなりますか? 使えなくはないものの,箸の操作はぎこちなくなることでしょう.

何故でしょうか.私たちは,利き手の動きによって,箸の使い方を十二分に知っているはずです.知っているのに使えない・・・同じことは,自転車に乗ることや,泳ぐことにも当てはまります.

これは,知識の特徴なのです.およそスキルとか技術とか「○○力」と名のつくものは,「知る」ことと「できる」ことの間に大きな隔たりがあるのです.まずはこれを認めないといけません.

では,箸を利き手以外で使うためにはどうしたらよいでしょうか.そうです,毎日同じ操作を繰り返すしかありません.このとき,左手で携帯を操作したり,針仕事をする必要はありません.まずは,箸の操作だけに集中して,同じことを何度も繰り返す.慣れてきたら,箸を”卒業”し,携帯の操作をしたり,針仕事に移ってもいいでしょう.しかし,”卒業”できるまでは,1度に2つも3つも作業を併行してはいけません.脳が処理できる情報許容量はオーバーし,身に付くはずの箸の操作も身に付かなくなります.

私は,英語力も同様だと思っています.「日本人は文法も単語も知っているのに,英語が話せない」と嘆く人がいますが,「文法と単語を知っているだけで,英語を話せる」日本人がいたら,逆に奇妙でなりません.「知っているが,できない」というのは,当たり前のことなのです.知っているだけでで運転できるくらいなら,自動車教習所は要りません.運転するためには,”試す場所”が必要なのです.



■繰り返しと実践の場

このエピソードから2つの重要な事実がわかります.それは,英語を使いこなすためには,「繰り返し」と「実践の場」が要るということです.

「繰り返し」については,学校教育でそれほど強調されてこなかったように思います.ここで重要なことは,とにかく最初はシンプルなことの繰り返しが効果的だということです,いきなり左手で針仕事をしようとすれば,多くの人はケガをします.また,車を運転したことのない人がダンプカーを運転しようとすれば,パニックに陥るでしょう.

「箸でごはんを食べる」というできるだけシンプルな作業を,自動化できるレベルまで繰り返す.そのことによって初めて,脳は本当に必要なことに処理を傾けることができます.文法をまさぐっているうちは,脳はフル回転し,他の重要な事項(適切な表現探しや発音)の処理が追いつかず,たどたどしい状態を抜けきれません.スキルが身に付いたとはいえないのです.

このような要望に応えているのが,森沢洋介氏の『どんどん話すための瞬間英作文トレーニング』(ベレ出版)という本だと思います.既にベストセラーで,amazonの評をみても,ほとんどの人(なかには,TOEIC 900点を超えている人もいます)が高い評価を与えています.この本の素晴らしいところは,とにかく「英文がシンプル」であることです.いや,ちょっと恥ずかしくなるくらいシンプルです(私は,学生に買う姿を見られるのが嫌で,大学の生協でこの本を買うことができませんでした).そこに書かれているのは,まさしく「中学レベル」の英文なのです.

英語を普段から学習している者にとっては,このシンプルさに自分のプライドが許さないだろうと思います(私もそうでした).しかし,試しにやってみてください.いざ日本語文を英文にしようと思うと,どういうわけかつまづくところがあります.しかも,つまづくところは,大抵同じところです.つまり,そこは自動化できていないのです.「3人称単数現在だから,動詞に "s" を付けて・・・」などと考えていたら,一瞬で英文を作ることなどできません.3人称単数現在がきたらいつの間にか動詞に "s" を付けていた,というところまで繰り返すことによって初めて,「知る」は「できる」に変わっていくのです.
※ちなみに,この本には「英文が不自然である」との批判があります.確かに,"Who is the writer who wrote this book?" という文はあり得ない気がします.しかし,この本はタイトルにあるように「トレーニング本」です.教則本でもなければ文法書でもないのです.
その他の”やりなおし”的なものとして私がお勧めできる教材には,クラーク先生の「アメリカ口語教本(初級編)」(研究社)があります.英語教材のクラシックとして50年近い歴史をもつ本です.私は,大学院生時代に初級編,中級編,上級編をやりましたが,力がついたと思えたのは初級編だけでした.この本の最大の特徴は Pattern Usage Drill にあり,同じ構文を手を変え品を変え,ひたすら繰り返させます.はっきり言ってやっている内に飽きてきますし,しまいには口がくたくたになって,何度もやめたくなります.しかし,これも「飽きるまで繰り返すこと」が重要なのです.終えた頃には確かに英語回路のようなものが出来て,瞬発力こそないものの,外国人と会話ができるようになるはずです.とはいえ,間違いなく”硬派”な本なので,この本と付き合っていけるかどうかは,ご自身で判断されてください(注:私が当時やっていたものは旧版なので,内容は少し変わっているかもしれません.当時は CD が別売でえらく高かったですが,今は CD 付きでかなり安くなりました).

そうそう,繰り返しといえば,よく新聞にでかでかと載っている「聞き流すだけで英語が話せるようになる」という広告.そうです,あれです.あれは,効果があるのでしょうか.

個人的な見解をいえば,やはり難しいのではないでしょうか.比較的易しい英文と日本語文が対になっているという点では,上述の『瞬間英作文』と同じです.しかし,根本的な違いは,「英語→日本語」という順でCDが記録されている(らしい)ことです.つまり,この教材が目指していることは,「日本語で考えたことを英文にする」ではなく,「英文を日本語文に直す」ことだということです.これでは,英文を理解することには多少貢献するかもしれませんが,どれだけ聞き流しても,「話す」という目的には寄与しないと思われます.それに,このような力を身に付けたいのであれば,日本語などに訳さずに(これだけで,脳が余計な処理をすることになります)英文のまま理解するトレーニングを積んだ方がよいでしょう.本サイトでも紹介している海外ドラマのリスニングといった,日本語に変換している時間すらないナチュラルスピードで英語をそのまま理解することに慣れた方が,はるかに効果があるだろうと思います.



■脳に "room" を与える

それでは,なぜシンプルな英文を作ることが良いのか.それは,難しい英文だと「脳がすべての仕事を一気に処理できないから」です.

私のように,ある程度英語で読み書きができる者でも,会話となると脳はフル稼働です.さて,あなたは「何をしていたの?」と聞かれました.相手はいつまでも返事を待ってくれそうにありません.英語の場合は,どんなにシンプルな文でも,主語と動詞は必要です.それだけではありません.英語では,主語が単数なのか複数なのかによって,時に動詞を変形させないといけません.しかし,今回は過去形を使えるし,主語も1人称なので,"s" の心配はしなくてよさそうです.でも,この文脈なら過去形よりも過去完了形を使った方がいいのかもしれません.過去完了形なら "had" の後の動詞に "ed" をつけないと・・・待てよ,この動詞は不規則動詞だったな.すると,原形のままでいいのかもしれない.いやいや,それは他の動詞だろ・・・などと考えながら慌てて答えると,

I have been take a shower and made coffee.

というわけのわからない英文が飛び出したりすることがあります(恥ずかしながら英会話を始めたばかりの頃の私の実例です.とっさに出た文は,不完全な完了形の後に過去形の文を加えた,なんちゃって過去完了文だったのです.しかも,よせばいいのに前の文を進行形にしようとしたため,現在完了進行形もどきの文に過去形が続くという時間的前後関係もぐちゃぐちゃな,創作者(?)の私ですら読むに耐えない英文になってしまいました).私たちは日本語を話すときには,寝ぼけていても会話ができるくせに,英語になるとフル稼働をしてもこの体(てい)たらくなのです.

英語を話すときに,何を考えているかを整理してみます."I took a shower." という文を作るだけでも,

・主語を決める
・動詞を探す
・時制を考える
・主語(単数・複数)と時制に合わせて動詞を変形させる
・目的語の単語を探す
・目的語が単数か複数か,あるいは不可算名詞かを考える.
・目的語に,a に付けるか the に付けるか(付けないか),あるいは this/that,my/your などを付けるのかを考える
・センテンスを組み合わせ,一通り伝わりそうかをチェックする
・発音に気をつけて話してみる

とまぁ,壮大な仕事をした割には,出てきた英文が "I have been take a shower." では,努力も報われないというものです.

こういう時に大事なのは作戦です.「シャワーを浴びた」ではなく,「シャワーを浴びていた」などと,ちょっと色気(?)を出そうとしたからいけないのです.まともなルーキーもいないポンコツ野球チームのくせに,プロ野球チームを気取ったりしてはいけない.少しくらいニュアンスは異なってもいいからここは守備を固めて,「今日は,現在形と過去形だけでいく.未来形は,現在形に近い be going to だけにする.進行形は使ってもいいが,完了形は一切使わない.仮定法などもってのほか!」という割り切りが必要です.

話すときには,英文を極限までそぎ落す.たとえば,"I made her a cup of coffee." は,"I made coffee for her." とする.第4文型を使わないだけで,脳の負荷は軽くなる.淹れたコーヒーが1杯だろうが2杯だろうが知ったことか.3杯は淹れないことくらい,お前にだってわかるだろ.コーヒーは不可算名詞だから,これで "a" や "s" の心配をしなくて良くなるというものだ.本当に何杯か知りたければ,質問してこい・・・こうした割り切り(開き直り?)で,脳に少し考える余裕が生まれます.

そう,まさに,"There is no room for ..." という構文の "room" のイメージです. 脳に余裕がなければ,良い英文など作れない.適切な時制や単語探しは,脳に余裕がある時だけにすればよいと割り切ると,話す英文は案外相手に伝わっているものです.今では仮定法も "a cup of" も使えるようになったのは,脳にそれだけの room が生まれたからです.



■さぁ,「自動化」まで頑張ろう

これでおわかりいただけたでしょうか.英会話ができない人にまず必要なものは,単語力ではありません.「脳の負荷を減らすこと」なのです.単語力はあった方が無論良いですが,初期の頃の増強は単語検索の時間を増やし,脳に余計な負荷を与えるだけに終わりかねません.

「脳の負荷を減らす」ためには,もう自動化しかありません.私たちの一体誰が,食事をしながら箸を使う右手の動きに注意を傾けているでしょうか.食事をしながら会話ができるのは,箸を使う右手の動きが自動化されているからです.その分,会話に集中するだけの "room" が脳の中にできているからなのです.

私は仕事柄,国際会議などで,外国人と食事を共にすることがあります.これは大変です.頭の中は英語の処理でいっぱいだからです.現地の人に穴場のレストランに連れて行ってもらっても,ちっとも美味しくありません.それよりは,ホテルに戻ってから一人で食べるコンビニ夜食の何と美味しいことか(笑).自動化というのは食事,もとい,会話の場を楽しむためにもとても大切なことなのです.

さて,この自動化のために,私が取り組んでいることが2つあります.それは,海外ドラマのリスニングとオンライン英会話です.えっ,いきなり海外ドラマ?という方も多いだろうと思いますが,英語を日本語に直さずに理解するためには,翻訳の余裕すらないナチュラルスピードに慣れてしまうことが一番です.相手の言っていることがわからなければそもそも会話は成立しません.また,ナチュラルスピードに慣れることで,少なくとも「相手の言っていることの理解」に使う脳の負荷は劇的に減ります.

オンライン英会話についてはまだ日が浅いですが,自分が発する英語の癖に気付くために必要だと思って始めました.始めた頃は,時制をよく間違えましたが,どうやらこれは日本人が英語を始めて話そうとする際の特徴のようです.英語では,S+V+...という形で始まりますから,時制をセンテンスのかなり早い段階で定義します.疑問文ともなれば,最初の言葉で時制を定義しなければなりません.これは日本語にはない感覚なので,最初は「どの時点の話をしているか(自分の話している時点はどこか)」ということにかなり意識を要します.しかしこれも,3ヵ月も続ければ自動化してエラーが確実に減ってきます.と同時に,次第に言いたいことが口をついて出て来るようになるだろうと思います.勿論,上手く言えずに凹むこともありますが...

本ページではこれらに関するページを作りましたので,よろしければご参照ください.それぞれ,トップページから入れます.

・英語 de フルハウス (海外ドラマのリスニング)

・英語 de チャット (オンライン英会話)

英語学習は本来,とても孤独な作業です.そこで,共に英語学習を励まし合い,高め合えたらと思い,単なる交流掲示板も作ってみました.私が返事するかは不明ですが,それぞれの経験談や,私への励ましのメッセージ(?)等がありましたら,下記までお寄せください.英語力の獲得とは「一人の頭脳を使った壮大な”実証実験”」です.個人の英語学習は,”こうしたら英語力を身に付けられるに違いない”という仮説検証のプロセスにすぎませんが,より多くサンプルを集めれば,あるべき学習法がわかってくるかもしれません.したがって,下記掲示板では,各自の学習方法は尊重するという方針の下,「君の考え方はおかしい」とか「これが正しい学習法のはずだ」等の議論はご遠慮いただきます.万一荒れるようでしたら直ちに閉じますので,その旨ご了承ください.

・英語力 no 実験ノート (交流掲示板)

それでは,共にこの難局を乗り切っていきましょう.
Keep up and hang in there. I'm sure everyone can acquire good English skill!